翻訳者は、翻訳する作品に使われている言語に、ある程度以上に精通していなければならないことは言うまでもありません。しかし、翻訳の場合、これは単に必要不可欠な大前提に過ぎません。なぜなら、翻訳という作業の本番は、むしろ、そこから先にあるからです。
翻訳は、英語を理解するために辞書を引きながらやる、学校の英文和訳とは違います。作者が英語で読者に与えたと同じ感動を、訳者は日本語を使って伝えなければなりません。これは実は、日本語で新たに同じ作品を書き下ろすに等しい作業なのです。
翻訳者は、訳そうとする作品を英語で十分楽しめる能力を持っていると同時に、日本語で同等の一つの作品を書くだけの筆力を備えていなければなりません。英語の理解力は抜群でも、さっぱり翻訳が出来ない人が多いのは、ここに理由があります。
翻訳は、英語の理解力や英語を読み取るセンスを不可欠の大前提とした上で、むしろそれを上回るくらいの日本語で文章を書く力とセンスが必要なのです。訳す技術と書くセンス、これは表裏一体のもので、どちらが欠けても翻訳は成立しません。技術は身につけるもの、センスは磨くものです。
以上のことを基本に据えて、文字どおり「訳す技術」と「書くセンス」を養う講義と演習を交互にやっていきたいと思います。
本講座では、翻訳のテクニックに関する講義を重ねながら、同時に毎回、宿題を出し、翻訳を仕上げてもらいます。随時、皆さんの翻訳を添削しながら、講義の中味を「実習」していく形をとります。
なるべく、いろいろのジャンルから短いまとまった文章を、一つずつ仕上げていこうと思いますので、その都度、プリントにして配布します。決まったテキストはありませんが、講義のメモ用に、ノートを一冊準備してください。 |