学校法人 城西大学
JOSAI UNIVERSITY EXTENSION PROGRAM
東京紀尾井町キャンパスJOSAI UNIVERSITY EXTENSION PROGRAM
東京紀尾井町キャンパス
映画映像
J. D.サリンジャー追悼−<心の原風景>とイノセンス歴
講 師 黒井 和男
(元キネマ旬報編集長 前角川映画〈旧大映〉代表取締役社長)
掛尾 良夫
(元キネマ旬報編集長 現キネマ旬報映画総合研究所エクゼクティブ・
ディレクター)
コード 10210
定 員 120名
回 数 全1回
日 程

2011/2/12

時 間 土曜日 14:00〜15:30
受講料 1,000円
キネマ旬報1955年4月下旬号
キネマ旬報1957年11月上旬号
1940年(昭和15)内務省より映画雑誌の統合が促される。1942年(昭和17)には、新興キネマ、大都映画、日活製作部が合併させられ大日本映画製作株式会社(大映)が設立、初代社長を菊池寛が務めた。情報局の川面隆三の「民間に回すフィルム1フィートもなし」という名文句がある通り、映画産業は崩壊状態となった。1945年8月、終戦時の映画産業は劇映画製作会社、松竹、東宝、大映の3社、劇場1000館、劇映画製作本数は月3本という戦前規模の半分以下となっていた。日本映画はGHQの検閲のもとで製作が再開され、外国映画はCMPE(セントラル・モーション・ピクチャー・エクスチェンジ)のもとでおこなわれた。また、GHQの戦争協力者追放令により、城戸四郎(松竹社長)、川喜多長政(東和映画社長)をはじとする映画関係者が公職追放となった。しかし、半分焼け落ちた映画館に大衆はつめかけ、1950年代に入ると映画産業は空前の復興に向かう。
本講座では、作品中心に語られてきた従来の戦後映画史とは異なる視点、映画産業界をリードした経営者から町の映画館主をはじめ、当時の現場の映画人にスポットをあて、入場料金の変遷などを交え、最大のエンターテインメントだった映画産業の熱気を語る。映画人が焼け跡から発信した活力と、そのエネルギーをむさぼるように吸収し、貧しくとも明るさを忘れなかった戦後の大衆の記憶を蘇らせることで、現在の沈んだ大衆心理を覚醒させる。
講師
黒井 和男
1938年生まれ、日大芸術学部卒。
日刊興行通信社を経てキネマ旬報編集長、同社社長、角川映画社長などを歴任。キネマ旬報社時代、「南極物語」(83)、武田鉄矢の「刑事物語」シリーズをプロデュース、角川映画では「着信アリ」シリーズ、「戦国自衛隊1549」、市川崑監督の遺作「犬神家の一族」(06)などを手掛ける。2010年角川グループから離れ、黒井和男事務所を設立。映画ジャーナリストとして、戦後の映画界をリードしてきた映画人を多数取材したことから、そのオーラル・ヒストリーの記録化を進めている。
講師
掛尾 良夫
1950年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。
キネマ旬報編集部時代、外国映画の買付、配給、日本映画の製作、配給、映画館の番組編成など、映画ビジネスの様々なパートを担当。NHKサンダンス国際賞の立ち上げに係り、同賞、国際審査委員を務めた。現在、キネ旬総研で、データベースの作成、映画プロデューサー人材育成、世界の映画産業データを収集、分析などを行っている。編著書に『映画プロデューサー求む』、『映画プロデューサーの基礎知識』、『外国映画ビジネスが面白い』、『映画ビジネスデータブック2010〜2011』がある。
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