米国時代、ボランティアは互助精神と訳され、できる人ができることをできる時にするアクションだと隣人たちから教えられた。小学校
の煉瓦塀が壊れた?それなら父親たちが出勤前に一汗流すよ。夜遅くまで図書館を利用したい?ならば夕方5時以降はボランティアが常駐して時間延長すればいいさ、ってな具合だ。子どもたちの幼稚園では、先生が病気で休めば、「今日できる?ボランティア先生」などと父母たちに気軽に電話がかかった。さらには大学院の応募書類には「あなたがこれまでにアメリカ社会のために貢献したことは何?」とボランティア活動を書き込む大きなスペースが用意されていた。こんな風に日常的な互助活動の国から帰国してみると、日本でも自分らしいやり方でお役に立ちたくなって、あれこれ仕掛けてきた。日米ボランティア事情の比較に加え、私自身のボランティア活動事例も紹介する。自分で演出するボランティアアクションの面白さに気づけば、あなたもきっと何かのために動き出したくなるに違いない。気負うことなく出来ることで動いた結果、自らが得ることがどれほど大きいかも忘れずにお伝えしたい。 |